ベストセラーとなったローリング・ストーン誌記者の従軍手記をドラマ化。実際に作戦に参加した海兵隊員らの協力により(本人役での出演も!)、首都バグダッドを目指す最前線での米兵の姿を、『THE PACIFIC/ザ・パシフィック』『バンド・オブ・ブラザーズ』で“戦争もの”に定評のあるHBOがリアルに再現。
イラク戦争開戦まで
91年の湾岸戦争後、大量破壊兵器の不所持と査察受け入れが義務付けられたイラク。しかし米国は、より厳しい“無条件査察”を求め、両国は対立を始める。01年の9・11を受け、米国は有志連合を率いアフガニスタンへ侵攻。タリバン政権を打倒する。02年、ブッシュ大統領による“悪の枢軸”発言。イラクをテロ支援国家に指定し、フセイン政権に対し強く警告を発する。
電光石火のイラク侵攻作戦
03年1月、イラクが長距離ミサイルや化学兵器などの大量破壊兵器を保有しているとの報告を受け、米英が開戦を準備。3月17日、イラク国内の軍事拠点に対し、大規模な空爆を実施。20日、米国陸軍と海兵隊を主とする地上部隊がクウェートの前線基地よりイラクへ進攻する。4月6日、首都バグダッド包囲。9日、首都陥落、フセイン政権崩壊。イラクという中東の大国が僅か3週間で制圧される、歴史的な電撃侵攻作戦となった。
その後のイラク戦争
首都陥落、政権打倒も束の間の喜び。その後に待ち受けていたのは、アフガニスタンと同様の泥沼だった。地下に潜った残党による攻撃、イラク人同士の勢力争いなど、イラク国内は内戦状態に陥り、米兵らに多数の死傷者を出す。オバマ大統領により戦争終結が宣言されたのは、7年後の2010年8月のことだった―。
海兵隊のあゆみ
アメリカ海兵隊(通称“デビル・ドッグ”)は、海軍の“番犬”として産声を上げた。海軍の船に乗り込み、敵船隣接時の白兵戦や上陸時の護衛・戦闘要員として活躍。ペリー総督の“黒船”に乗船し、日本上陸時の護衛を務めたのも海兵隊だ。その後は敵地上陸作戦のスペシャリストとして活動。第2次世界大戦では対日本戦の主力として、太平洋上の島々にて上陸作戦を展開。多くの死傷者を出しながらも華々しい戦果を挙げ、米国の勝利を導いた。
朝鮮戦争、ベトナム戦争を経た海兵隊は、その後に大きく進化。陸海空軍の要素を併せ持ち、少数精鋭で様々な作戦に対応できる“特殊”な軍隊へと成長した。長年“海軍のおまけ”扱いされてきた海兵隊であったが、近年、米軍内での存在感は飛躍的に増大。現在では国防・安全保障の主要ポストの多くを海兵隊幹部が務めるまでになった。
海兵隊における偵察部隊の重要性
海外における米国安全保障に対する脅威の排除、そして米国人、及び米国資産の保護を目的とする海兵隊。高い緊急性と危険性が常に伴う任務だけに、正確な情報収集が命綱だ。その重責を担うのが、本作の“主人公たち”偵察大隊。厳しい訓練で有名な海兵隊の中でも、さらに厳しい訓練を積み、様々な特殊技能を身に付けたエキスパートと言える。主力部隊が敵地で優位に戦えるよう、敵陣へ潜入し情報を収集、敵を攪乱させるのが彼らの役割だ。
戦場の最前線に展開する海兵隊にあって、さらに危険な前方で活動する偵察大隊の隊員たち。そんな彼らは海兵隊の誇りを最も実感し、最も称賛されるべき存在...のはずだった...
圧倒的な軍事力の差で、米国の歴史的短期勝利となったイラク侵攻作戦。しかし当時の末端の部隊には、そんな状況を知る術は無い。彼らは砂漠や市街地に潜むゲリラ兵という“見えない敵”からの攻撃に苦しんでいた。牧歌的な風景が、突如戦場と化す恐怖。極度の緊張状態は、隊員たちに様々な影響を与える。これまでの戦争ドラマにはない迫真の臨場感は、非戦闘時における隊員の描写の積み重ねによって生み出された。
差別発言・放送禁止用語のオンパレード
本作の米国放送時、海兵隊員の“言葉遣い”を問題視する声も上がった。人種・宗教・セックスなど、実社会ではタブーとされる、ありとあらゆる蔑視発言がドラマ内では交わされる。イラク人へ向けて、そして部隊内での同僚に向けて。しかしこれは海兵隊のリアルな姿を再現するためには必要なことだった。彼らは命令に忠実な“戦闘マシーン”と化すため、個の感情を消し去る必要がある。差別発言を言われた者が、それに動じず受け入れることで、言った者と強い信頼関係で結ばれる。
多くの視聴者が最初は面食らう“汚い言葉”の数々だが、最期には彼らに対する見方が少し変わるはずだ。ドラマの進行と共に、ハイテク戦争の最前線という“異常な環境”において無言で任務を遂行する人間のほうが怖く感じてくる。末端兵は“言葉”で精神バランスを保っていることがわかってくるのだ。
また、戦闘時の興奮剤の使用、性欲処理など、戦場における海兵隊員のリアルな描写も見どころだ。
絶対的な正否を敢えて描かない。
それが本当のリアルさを醸し出した!
イラク侵攻作戦はあらゆる面から特殊だった。幹部たちにとって関心事は戦争の勝敗ではなく、首都陥落までのスピードであったのだ。よって、時間のかかる偵察活動は省略され、少ない手柄を味方同士で争う様相となった。偵察大隊は日頃の訓練の成果を発揮する機会もなく(発揮できたのは皮肉にも首都陥落後であった。)、必要性の乏しい危険な任務をあてがわれ、上官の不可解ともいえる命令に不信感を強めていく。
しかし大局で見れば、この作戦で海兵隊は大きな成功を収めた。米軍内で存在感を高め、その実力と有効性を実証したのだ。
本作で描かれる偵察部隊が所属する第1海兵師団(兵力約2万人)は、イラク侵攻作戦における海兵隊の地上主力部隊。それを率いたのがジェームズ・マティス少将(現・国防長官)だ。“国家への絶対的な忠誠心”と“気高き荒々しさ”という海兵隊の魂を絵に描いたような人物像は、敬意を込めて“マッド・ドッグ”と称される。直接の登場シーンは少ないが、常にその存在と意思は言及される。
偵察大隊を含む主力部隊を率いたマティス少将は後に大将となり、米軍における中東地域の最高責任者となる。そしてトランプ大統領により国防長官に任命され、文字通り国防・安全保障のトップにまで登り詰めた。その事実を踏まえて本作を見ると、また違った世界が見えてくるだろう。
全米屈指の脚本家コンビ、そして冷徹な精神と
ホットな肉体美を持つ“アイスマン”
ボルチモアの人種間対立や麻薬問題、警察の腐敗などを描いた『THE WIRE/ザ・ワイヤー』にて、その“リアルさ”のあまり激しい賛否論争を巻き起こしたデヴィッド・サイモンとエド・バーンズ。全ての人間の清濁を描き、視聴者に単純な善悪の判断をさせないスタイルは、本作でも存分に発揮されている。海兵隊員のリアル過ぎるセリフも話題となった。
特定の主人公を持たない本作においてキーパーソンとして描かれるのが、偵察大隊第2中隊の分隊長“アイスマン”ことブラッド・コルバート軍曹。正義感が強過ぎるあまり上層部と対立する若き上司フィック中尉を心配しながら、的確な指示でチームを率いる。アフガニスタンで鍛えた“冷徹さ”は、戦闘経験の浅い部下たちにとって心の拠り所となった。
演じるアレクサンダー・スカルスガルドはスウェーデン出身の俳優。本作で注目された後、『トゥルー・ブラッド』『ターザン:REBORN』で海兵隊員顔負けの鋼のような肉体美を披露。イケメン俳優として人気急上昇中だ。(肉体美といえば、ルディ・レイエス軍曹を忘れてはいけない。常に肌を露出させるナルシストな海兵隊員を、なんと本人が演じている!)
■カンパニー/プラトーン/チーム:
中隊/小隊/班
■A/B/C/D アルファ/ブラボー/チャーリー/デルタ:
アルファベットの聞き間違いを避けるための言い換え。
フォネティックコード。
■R.C.T. Regimental Combat Team 連隊戦闘団:
約7千人の海兵隊員で構成されるスーパー連隊。第1海兵師団には、R.C.T.1(第1連隊戦闘団)、R.C.T.5(第5連隊戦闘団)、R.C.T.7(第7連隊戦闘団)の 3つの連隊戦闘団があり、それに加えて第1偵察部隊が独立して所属する。
■R.P.G. Rocket Propelled Grenade ロケット弾:
元々はドイツ軍が「パンツァーファウスト」として開発し、旧ソ連軍が導入した対戦車ロケット弾。命中精度は低いが、5~10人から成るRPG(ロケット弾)チームが一斉射撃すると高い壊滅力を持つ。
■デビルドッグ:
海兵隊のこと。
■フェダイーン:
ゲリラ戦術を身につけた、バース党の武装勢力。シーア派に潜入し、同派を武力制圧することを目的に、サダム・フセインの息子が1990年代に設立したもの。このイラク戦争においては、イラク侵攻を行う米軍を攻撃する。「反乱軍」とも総称される。
■ハジ:
イラク人やアラブ人、あるいはイスラム教徒のこと。メッカ巡礼を終えたイスラム教徒への敬意を表すアラビア語「ハジ」に由来する。
■パジャマ:
イラク人の伝統的服装のこと。
■チャーム:
軍用食として米兵に支給されるキャンディーの名前。不運を招くと信じられているために、米兵たちが食べることはほとんどない。
■POG Person Otherthan Grunt ポーグ:
偵察隊や歩兵部隊ではなく、後方支援に携わる者を嘲笑する言葉。「N」で始まる黒人に対する差別語と同じくらい、海兵隊で最も侮辱的な言葉の一つ。「POG」は「ポグ」ではなく「ポーグ」と伸ばす。