「トゥルー・ディテクティブ 猟奇犯罪捜査」10月2日リリース!

2019.09.03

「彼に何が起きたのか?」―心の有り様を、アリは全身で物語る。

本作は綿密で重厚、鳥肌が立つ程にハイクオリティーなアンソロジードラマ「トゥルー・ディテクティブ」の第3弾。 『ムーンライト』『グリー
ンブック』で 2 度もオスカー助演男優賞に輝いた、今大注目の実力派俳優マハーシャラ・アリの初主演作品です。本コラムではライター・
編集者の今祥枝が、マハーシャラ・アリの演技について徹底解説いたします。

今祥枝が徹底解説!オスカー俳優マハーシャラ・アリ"初主演"の演技!

2016年の『ムーンライト』では心優しいドラッグディーラー役。2018年の『グリーンブック』では公民権運動の時代を背景に、あえてアメリカ南部を演奏旅行する実在のピアニストを演じて、2度のアカデミー賞助演男優賞を受賞するという快挙を成し遂げたマハーシャラ・アリ。2000年に俳優としてプロデビューを飾った舞台で主演を務めて以来、約20年にわたり脇役で存在感を発揮してきた。そんな彼が切望し続けてきた映像作品での"初主演"となるのが「トゥルー・ディテクティブ 猟奇犯罪捜査」だ。

アリが演じるのは、1980年にアーカンソー州の片田舎で起きた幼い兄妹の失踪事件によって、大きく人生を狂わせていく刑事のウェイン・ヘイズ。ドラマでは事件当時、再捜査が行われた1990年、そして再び事件の記憶を呼び起こされる2015年の3つの時代が並行して描かれる。ベトナム戦争のPTSDを抱えながら事件の捜査に当たる若かりし頃、家庭を持ちデスクワークについている10年後、さらにアルツハイマーを患う初老の現代。当然ながら見た目の変化はヘアメイクなどでも演出しているし、俳優なら演じ分けるのが当然ではある。だが冒頭、白髪で眉間に深い皺が刻まれたヘイズの顔のアップが映し出された瞬間、強い衝撃を受けて、思わず画面を食い入るように見つめてしまう。言葉で語らずとも、不安げに見開かれた瞳と苦渋に満ちた表情を見ただけで、ヘイズという人間が背負っているものの大きさ、人生の過酷さが伝わってくる。視聴者は「彼に何が起きたのか?」と思わずにはいられない。ものの数秒で物語の世界に引き込むアリの演技は、最後まで緻密で張り詰めたテンションが緩むことはない。

本作は事件の真相をめぐるサスペンスであると同時に、時間と記憶についての物語でもある。人間を形作っているものが記憶であり、時の経過がどれほど残酷なものであるか。戦争で心に傷を負っていた1980年のヘイズが捜査にのめり込んでいく姿には、陰鬱さの中にも狂気がにじむ。そこに事件の記憶が加わり、1990年のヘイズは事件から10年の間に抑圧されていたものが表面化するかのような、ギラついた感情を時折見せて危うさは増したように思える。それらの記憶を失いつつある現在、まるで迷宮のような複雑で出口の見えないヘイズの心の有り様を、アリは全身で物語る。ついに事件の真相がわかる時、ヘイズは苦しみからついに逃れることができるのだろうか?この幕切れはアリのキャリアの中でも屈指の名演技であり、圧倒されると同時に忘れ難い余韻を残す。

アリは2018年秋、『グリーンブック』の撮影後に7日間の休暇をとっただけで、約7ヶ月にわたる本作の過酷な撮影に臨んだという。そもそも企画段階ではヘイズは白人の設定だったが、アリがこの役を熱望したため設定を変更したという経緯がある。3つの時代を演じ分けながらも、次第にシームレスになっていく時間と記憶の関係性を体現するアリ。"静かだが力強い"という印象は従来のアリの演技にも共通するが、哲学的な示唆に富んだ、複雑多岐に渡る感情を想起させる役作りを徹底してやり切ることを可能にしたのは、アリが主演であるからにほかならないだろう。

(ライター・編集者 今祥枝)

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