なか平和を自身のモチーフとして用いるキャラクターにしては、ピースメイカーはなんとも不穏な存在だ。この自称平和主義者の名前は、2021年に公開された映画『ザ・スーサイド・スクワッド“極”悪党、集結』およびその後に配信されたドラマシリーズ「ピースメイカー」のおかげで誰もが知るところとなった。これにより、全く新しい層の人々がピースメイカーのことを認識したわけだが、何が彼を突き動かしているのかまで知っている人はどれくらいいるだろうか。この問いこそが、作家のガース・エニスとアーティストのギャリー・ブラウンが『Peacemaker: Disturbing the Peace(原題)』という、ブラック・レーベルから刊行された1巻完結のコミックのなかで探ろうとしたことだ。
物語は、クリストファー・スミスが公園のベンチに座り、自身の人生について語る場面から始まる。まるであの有名映画『フォレスト・ガンプ』のようだが、「卓球チャンピオン」の部分を「秘密工作マゾヒスト」に、さらにはダン中尉をボブという名前の人喰いザメに置き換える必要がある。なにを隠そう、この作品には人喰いザメが登場するのだ――本当に、この作品は見逃すには実にもったいないということだけは保証しよう。
ドクター・セジウィックは、スミスについての心理プロファイリングを作成することを任命された精神科医だが、この仕事は彼女の予想をはるかに超えるものだった。まず、スミスは彼女との面会場所を墓地に指定した。彼いわく、雰囲気が好きだからとのことだった。このことはセジウィックを不安にさせたが、このアンチヒーローが自身の過去を彼女に話し始めると、この精神科医は一層落ち着かなくなっていく。彼女の気持ちは、われわれ読者にも理解できるだろう。セジウィックが気づいているかは分からないが、二人の間ではピースメイカーこそが常に主導権を握っており、セジウィックにできることといえば彼と過ごすという体験を生き抜くように努めることしかないのだ。
興味深いことに、クリストファー・スミスはこのコミックのなかでは一度もピースメイカーのスーツを着用しない。たったの一度も、だ。それどころか、「ピースメイカー」という名前自体、タイトルと、一度だけ軍事作戦のコードネームとして登場するだけなのだ。しかしこのコミックが徐々に明かしていくように、ピースメイカーというのは単なるユニフォームを着たスーパーヒーローのペルソナを指しているものではなく、ある種の精神状態を表しているともいえる。ガース・エニスとギャリー・ブラウンはピースメイカーを、彼のスーパーヒーローとしての側面(ヘルメットや鳩のイメージなど)に頼ることなく、彼の人物像を解剖していく。セジウィックのような人物からしてみれば、クリストファー・スミスの精神状態は相反するものが同時に存在している異様な状態なのだ――そう、平和主義の名を被った暴力だ。しかしスミスからしてみればすべては理にかなっており、それゆえ彼は満足している。
コミックを読み終わった後に、ずっとそのなかでの出来事について考えてしまうことはないだろうか。私は『Peacemaker: Disturbing the Peace(原題)』を読み終えたとき、まさにその状態だった。この物語を通してクリストファー・スミスという人物がまったく感情を示していないことに気づいてから、そのことが気になって仕方なかったのだ。彼は子供時代の回想でも、自分の家族が死んでいることに気づいたときや、のちに自身が銀行強盗たちに誘拐されたときでさえ、なんら苦痛の感情を示さなかった。スミスの落ち着き払った振舞いを冷徹さと結びつける人もいるかもしれないが、実際は彼はこのとき、心の平穏を感じていたのだ。そして、この事実が私たちを実に不安にさせる。
当時8歳だったクリストファー・スミスが学校から帰ると、両親が自分以外の兄弟と一家心中したことに気づく。しかし、それを目の当たりにしたクリストファーがまず何をしたのかというと、そのまま静かに机に向かい、宿題をやったのだ。
彼はセジウィックに、当時のことを次のように話している:
「僕の母さんと育ての父さんは長らく苦しみしか知らなかった。だけど、その苦しみのなかからどうにかして、ある種のひらめきを芽生えさせられたんだ。おかげで、彼らはやっと、安らぎを知ることができたんだよ」
クリストファー・スミスの人生そのものを説明しようとしたら、それは暗いものとなるだろう。誘拐犯たちが彼の額に銃を突きつけた時も安らかな顔を崩さず、むしろ自分のことを殺すべきだといった。また、その同じ安らかな顔で、彼は自分の無法者な育ての両親の殺害計画を練り上げたのだった。
「二人は心の平穏を見つけられなかったんだ。だから、僕が手伝ってあげたのさ」と、当時のことをスミスは簡潔に説明している。
もうお気づきかもしれないが、今回のバージョンのクリストファー・スミスはドラマ「ピースメイカー」でジョン・シナが演じている人物像とはかなり異なる。しかしながら、感情面での振る舞いに違いは見られるものの、この40ページほどのコミックはスミスがどの媒体にいるかに関わらず、何が彼を駆り立てるのかを理解するのに大いに役立つ。別のいい方をすれば、もしあなたがドラマ「ピースメイカー」を楽しんでいるのであれば、このブラック・レーベルのコミック作品も必読であることは間違いないだろう。また、逆にもしあなたがピースメイカーという人物が自身が主演を務めるドラマを持つに値するほどのキャラクターではないという考えからドラマを視聴しておらず、まさに「ピースメイカーとか笑わせるな」(あくまでリック・フラッグの言葉で、私のではない)と思っていたとしても、『Peacemaker: Disturbing the Peace(原題)』を読めば、彼がそれほど単純なキャラクターではないということがよく分かるだろう。
セジウィックがスミスの過去を徐々に紐解いていくにつれ、彼女は一層不安を覚えるようになる。スミスが行ってきた数々の残虐行為を聞き進めながら、彼女のプロとしての落ち着いた表情はだんだんと歪んでいき、二人の会話が終わるころには完全にうちのめされてしまう。スミスが何の気なしに彼女が図書館から借りてきた本の返却期限が過ぎていることを指摘した時、セジウィックはたちまちパニック状態になり、必死に言い訳を考える。たとえ、この違反が二人の会話とは無関係で、重要でないにもかかわらずだ。このコミックのタイトルである『Peacemaker: Disturbing the Peace(原題)』は、スミスとセジウィックそれぞれの感情を表している。すなわち、二人の会話においてクリストファー・スミスが「安らぎ(=Peace)」を感じているのに対し、セジウィックは「不安(=Disturbing)」を感じているのだ。
しかしながら、このコミックの終わりで狼狽しているのはセジウィックのほうではあるものの、私はどうしても、一体何であればスミスの揺るぎない禅の境地を打ちのめすことができるのだろうと考えずにいられなかった。子供の頃、彼は自分の養父が車の中で燃えて死んでゆくのを全く無感情な目で見ていた。大人になり、彼は一切の後悔の表情を見せることなく、自分の仲間たちを裏切り、殺した。これらの出来事でさえスミスの感情を揺るがせられないのだとしたら、一体なにが彼を揺るがせられるというのだろう。
訓練された精神科医がその答えを見つけ出せないのであれば、もしかすると答え自体が存在しないということもあるのではないだろうか。ピースメイカーの安らぎを乱すことができないのは、安らぎ自体が彼自身の一部と化しているからかもしれない。それか、単にまだ彼のトリガーが何なのかを見つけ出せていないから、という可能性もある。私たちはすでに、安らぎの精神状態にあるピースメイカーがどれほど暴力的になれるかを目の当たりにしている。そのため、彼がその安らぎを失ったときにどのようなダメージを周囲に与えることになるのかは想像したくないものだ。それこそ、私の安らぎが不安へと変わってしまうだろう。
ガース・エニス、ギャリー・ブラウンとリー・ローリッジ作の『Peacemaker: Disturbing the Peace #1(原題)』は現在発売中だ。
ライター:ジョシュア・レイピン=ベルトーネ
Xアカウント(英語のみ):@TBUJosh
注釈:この特集で述べられている見解や意見はジョシュア・レイピン=ベルトーネ個人のもので、必ずしもDCエンターテインメント及びワーナーブラザースの見解を反映するものではありません。また今後のDCの見通しを保証または否定するものでもありません。