DCコミックス

バットマンの起源の変遷

トーマス・ウェインとマーサ・ウェインの殺害は、おそらくコミックのなかで最も繰り返し描写されてきたシーンのひとつであろう。これはブルース・ウェインが“バットマン”を生み出すきっかけとなる重要な出来事だ。しかし、どうやってその出来事を発展させるというのだろうか。ウェイン一家が、映画『快傑ゾロ 』を観たあとに足を踏み入れたクライム・アレイで、パールのネックレスが飛び散るというシーンは誰もが知っている。だが、このシーンが必ずしも路地裏ではないのをご存じだろうか。あるいは、マーサが撃たれないバージョンが存在することも。事件当時のブルースの年齢から、彼らが事件前に見ていた映画に至るまで、長い年月の間にさまざまな描写がされている。では早速、このバットマンの悲劇的な起源の変遷を見てみよう。

1939年 Detective Comics 33号

バットマンの起源は彼の伝説の核心でありながら、驚くことに7回目の登場まで明らかにされていなかった。この号では、バットマンの起源について2ページが割り当てられ、そのうちウェイン夫妻が殺害されるシーンには5コマが当てられている。このシーンは、この後も何度となく繰り返し語られているが、この5コマに描かれた内容はほとんど変わっていない。

例えば、ウェイン一家は映画館からの帰りに事件に遭う。路上強盗がマーサのネックレスを狙い、(この時点では、マーサという名前はついていなかった)トーマスがそれに抵抗する。そしてブルースの目の前で、2人が凶弾に倒れるといった内容だ。

このとき、まだ確立されていない部分があったのが興味深い。トーマス以外の強盗やウェイン夫人には名前がついていなかった。また一家が見た映画や、“クライム・アレイ”という路地の名前も出てこない。実際、この作品ではウェイン夫妻は街中の歩道で撃たれていて、ネックレスのパールが飛び散る描写はない。しかし、この事件がバットマンの起源となったことは間違いない。こうして史上最も有名なコミックシリーズのひとつが誕生した。

1948年 Batman 47号

信じられないかもしれないが、これはバットマンの起源が再び語られた初のコミックになる。最近では、ウェイン夫妻が凶弾に倒れるシーンは頻繁に目にするかもしれないが、オリジナルの起源の物語は10年近く語られることがなかった。(オリジナルストーリーは1940年出版のバットマン1号に転載されている。)

バットマン47号では、トーマスの妻に初めてマーサという名が付き、彼女の死因が変更されている。DCの編集者は、子供の目の前で母親が凶弾に倒れるというのは悲惨すぎると考え、マーサは夫トーマスが撃たれるのを目撃したショックで、弱っていた心臓の発作を起こし、その場で命を落とすという設定に変更した。(これで残酷さが薄まったとは思えないのだが…)

さらに、トーマス夫妻を殺害した犯人の名が初めてジョー・チルであることが明かされた。そしてこの作品でも、殺人事件は街の歩道で起こっている。実際、その1コマには通り過ぎる車が描かれている。もしウェインを助けるために車を止める人がいたら、彼らも殺されてしまったのだろうか?

1956年 Detective Comics 235号

バットマンは、自分の両親を殺した犯人がただの強盗ではなかったことを知る。犯人は、犯罪組織の一員であるルー・モクソンがウェイン夫妻を殺害するために雇ったジョー・チルという男であった。作品によって違う設定の場合もあるが、ジョー・チルを犯人とするプロットは、長年にわたり支持されている。(単なる強盗として描かれる他にも、「GOTHAM/ゴッサム」がいい例だが、バージョンによっては、初めからウェイン夫妻を標的にしているケースもある。)

1959年 Detective Comics 265号

この号では、ウェインの殺害は昼間に起こる。映画館については触れられておらず、ウェイン一家が散歩中の出来事とされている。強盗を試みたジョー・チルはトーマスの抵抗に遭い、恐怖を覚えパニックから発砲したようだ。マーサの死は、新たに設定された心臓発作ではなく、1939年以来初めて銃で撃たれる描写となった。

1966年 Batman, “Hi Diddle Riddler

1966年のアダム・ウェスト主演によるバットマンシリーズでは、ブルースの両親について一度だけ触れられている。第1話で、ブルースが同僚に、自分の両親が卑劣な犯罪者たちに殺害されたと話す場面がある。興味深いことに、このセリフは犯人が1人ではなかったことをほのめかしている。

1968年 Batman 200号

ウェインの殺害シーンがフラッシュバックで描かれる。このバージョンでは、マーサは心臓発作で亡くなる設定に戻った。

1969年 Batman 208号

再びフラッシュバックで描かれたウェインの殺害シーンでは、前回と同じく、マーサは心臓発作で命を落とす。そしてジョー・チルの母であるミセス・チルトンが、息子の犯した過ちに対する償いの気持ちから、幼いブルースの面倒を見るという新たな展開を見せる。ミセス・チルトンと両親の命を奪った犯人の関係をブルースは知る由もない。

1971年 Batman 232号

両親の殺害事件をフラッシュバックしたブルースは、事件が起きたのが夏だと語る。またこのバージョンではマーサは撃たれた設定になっており、これ以降、心臓発作という描写はされなくなった。

1972年 Superboy 182号

これはウェイン殺害後を舞台にしており、事件が起きたのは11月25日とされている。このバージョンでは、ブルースは高校生のときに孤児となる。スーパーボーイが、犯人はただの強盗だったとブルースを納得させるまで、彼はゾディアックキラーが両親を殺したと信じていた。

1976年 Detective Comics 457号

ウェイン夫妻が命を落とした通りの名前が明かされる。その名も“クライム・アレイ”。この号で、クライム・アレイはかつてPark Row(パーク・ロウ)と呼ばれる裕福な地域であったが、年月を経て犯罪の巣窟へと成り下がり、このような悪名高いニックネームがついたと説明される。さらに、バットマンの人生の鍵となるストーリーも新たに設定された。ブルースは両親の死後、親切なレスリー・トンプキンスという親切な年老いた女性に拾われ育っていく。この話の時点では、レスリーはまだ医者ではなく、ブルースの二重生活にも気づいていなかった。

さらにこのコミック457号では、両親の命日には、事故現場となったクライム・アレイに必ず足を運ぶというブルースの儀式も新たに加わった。コミックの表紙には、街灯の薄明かりの中、両親の遺体のそばでひざまずくブルースの姿が描かれている。この象徴的なイメージは繰り返し使われており、「Batman: Year One」もそのひとつだ。

1981年 Detective Comics 500号

この節目となるコミックでは、両親が凶弾に倒れたときのブルースの年齢は8歳とされた。これ以前は、明確な年齢が設定されていなかった。後続のコミックで、異なる年齢に設定されている場合もあるが、8歳という年齢が正式な年齢として受け入れられている。ウェイン一家が見た映画については、未だに触れられていないのだが、トーマスがマーロン・ブランドの演技を褒める場面がある。このコミックが発行されたのは1981年で、射殺事件が起こったのは20年前と語られていることから推測すると、1961年に公開されたマーロン・ブランドの映画は『片目のジャック』のみであるため、再上映の映画を見たのでない限り、ウェイン一家が見た映画は、『片目のジャック』といえるだろう。

1984年 Batman Special 1号

スペシャルはウェイン殺害事件のフラッシュバックで始まる。ナレーションによれば、その事件は6月26日に起こったとされている。

1984年 Batman and Outsiders 13号

トランス状態に陥ったバットマンを目覚めさせるため、アウトサイダーズがブルースの両親とジョー・チルに変装し殺害事件を再現する。効き目があるとは到底思えないのだが、これにより、事件の夜、両親がブルースを映画の2本立てに連れて行ったことが明らかになる。そうなると、何の映画を観たかではなく、どっちの映画を観たかという疑問がわいてくるだろう。少なくとも今のところは。

1985年 Super Friend, “The Fear”

コミック以外のメディアで、初めてウェイン夫妻の死が描かれた。スケアクロウの恐怖ガスの影響で、両親殺害時の状況がフラッシュバックしたバットマンは、自分の人生が崩れ去った“クライム・アレイ”に立ちすくみ、スケアクロウを逃がしてしまう。

「Super Friends」は子供向けのアニメーションだったため、シーンは厳しく検閲された。殺害シーンでは、ジョー・チルが手にした拳銃は描かれず、銃声は雷雨によってかき消された。

そしてついに、ウェイン一家が見た映画のタイトル『ロビンフッド』が明確に描写された。ロビンといえば、このエピソードに出てくるロビンのディック・グレイソンはウェインが殺害された事実を知らないようだ。また、このフラッシュバックのなかで、ブルースの両親の死後、アルフレッドが彼の後見人となったことが描かれている。この設定はコミックのポストクライシス時代に合わせられた。

初期のコミックでは、ウェイン殺害が起きたのは歩道になっていた、路地で起こるバージョンもある。彼らが命を落としたその場所が“クライム・アレイ”と名付けられたことは、ある混乱を引き起こした。映画館から帰宅する際に、裕福なウェインがなぜ路地裏を通る必要があったのかという疑問がわいたのだ。そこでこのアニメーションでは、この日は雨が降っており、トーマス・ウェインは近道をするためにこの路地へ入ったという説明が加えられている。

1986年 Batman: The Dark Knight Returns 1号

フランク・ミラーは昔ながらのストーリー展開で、バットマンだけでなく、バットマンの起源も再構築した。今回は、ウェイン一家が見た映画が『快傑ゾロ』になり、これは後にバットマンの起源を語る際の映画として引き継がれている。また、この「The Dark Knight Returns」では、マーサのパールのネックレスが飛び散るシーンが復活し、パールがひとつひとつ路上に落ちていく様子が描かれる。この悲劇的な描写は、後にバットマンの起源を語るうえで欠かせないシーンとなった。

1989年 Batman

ティム・バートンが監督した1989年に公開されたこの映画は、実写版で初めてウェインの殺害シーンが描かれた。銃撃の少し前に、ウェイン一家がモナーク劇場から出てくるのだが、この劇場も初めて名前が付けられた。ご存じのとおり、バットマンの起源に変更が加えられたこの映画は物議をかもした。ウェインを殺した犯人としてジャック・ネーピア(後のジョーカー)が登場し、初めて共犯者がいる設定になった。プロデューサーのマイケル・ウスランによれば、その共犯者をジョー・チルにするつもりだったらしい。

1994年 Detective Comics 678号

ブルース・ウェインは(クロスオーバーイベントのゼロ・アワーのおかげで)両親が殺された夜にタイムスリップする。そこで、彼はジョー・チルが薬物の過剰摂取により寝たきりで、両親を殺すことはできなかった事実を知る。ジョー・チルにかわり、匿名の犯罪者を犯人に仕立てたことで、ブルースが両親を殺した犯人を突き止めるという結末が奪われることになった。このアイデアは後に採用されなくなり、その後の原作では、チルが強盗犯に戻ることになった。

2004年 The Batman, “Traction”

このエピソードもまた、ウェイン殺害事件の夜にフラッシュバックする。両親の亡き後、ブルースは若き警察官のジェームズ・ゴードンと深く関わり合っていくことになる。この設定を基に映画「Batman Begins」やテレビシリーズ「Gotham」のなかでは、ジェームズ・ゴードンはウェインの射殺現場に最初に駆け付けた人物として描かれている。

2005年 Batman Begins

2005年のクリストファー・ノーラン監督の作品は、バットマンの起源に新たなテイストが加えられた。ウェイン一家は映画の代わりにオペラ『メフィストーフェレ』を観に行った。オペラのなかの黒いマントを羽織ったメフィストーフェレが怖くなったブルースは、劇場から早く出たいと両親にせがむ。ブルースは罪悪感を持ち、もし自分があのとき怖がらなければ、両親はオペラを抜け出して撃たれることはなかっただろうと考えたのだ。

2014年 Gotham

FOXテレビのドラマは、パイロット版でウェイン殺害シーンに独自の視点を加えた。ゴッサムに出現したマスクをしたキラーという設定がこのドラマを謎に包み、複数のシーズンにわたって製作されることになる。またこのシリーズでは、近くの屋上からウェイン殺害の現場を見た目撃者としてセリーナ・カイルを登場させた。シリーズが進むにつれて、梟の法廷による指示でヒューゴ・レストレンジ教授が雇ったパトリック・マローンがウェインを撃ったことが判明する。さらにはリーグ・オブ・アサシンのラーズ・アル・グールが黒幕という、何とも複雑な設定になった。

2018年 Teen Titans GO! to the Movies

2018年公開のアニメーション映画では、ティーン・タイタンズが、さまざまなスーパーヒーローの誕生を阻止するために時間をさかのぼる。(ティーン・タイタンズは自分たちがスーパーヒーロー映画の主役になりたいため、他のヒーローが存在しなければハリウッドが自分たちに目を向けざるを得ないだろうという考えからだ)ウェイン殺害の夜に戻ると、タイタンズはクライム・アレイの危険さをウェイン一家に忠告する。

「そこはクライム・アレイだぞ。正気か。」とサイボーグが言い、スターファイヤーは「近道ならハッピー・レーンを通るべきよ」と助言する。ウェイン一家がその助言を受け入れたことで、事件の発生とバットマン誕生が阻止されるのだ。

話はそれるが、この映画では、ウェイン一家が見に行った2本立て映画は『怪傑ゾロ』と『灰色の幽霊に気をつけろ』とされている。バットマンとアウトサイダーズ13号に出てきたのも、おそらくこの映画ではないだろうか?

やがて、世界にはヒーローたちが必要なことに気付いたタイタンズは、自分たちの行った妨害をなかったことにするため過去へと戻る。そしてレイブンは美しいネックレスをマーサの首にかけ、ロビンはウェイン一家をクライム・アレイへと向かわせる。そして彼らの悲痛な叫び声が聞こえてくると、ロビンは微笑み、ブルースは恐怖の表情を見せる。

もしこの映画を観ていない人がいたら、ぜひ観てほしい。

2019年 Joker

ホアキン・フェニックス主演のこの映画では、ウェイン殺害に違ったアプローチがされた。アーサー・フレックの無秩序なメッセージにより過激化した一部市民がゴッサムで暴動を起こす。ウェイン一家はその混沌のなか、劇場を後にする。(今回の映画は『ゾロ』)彼らは殺りくを避けるように人気のない通りへと入っていくが、ピエロの仮面をした過激な集団の男がそれを見つけ、発砲する。今回は、強盗が動機ではなく1989年の「Batman」のように、ジョーカーがバットマンの誕生に関与している(より間接的ではあるが)点が興味深い。

2022年 Harley Quinn, “Batman Begins Forever

意外にも楽しくシュールなハーレイ・クインの第3シーズンのなかで、ドクター・サイコの力を借りたハーレイがブルース・ウェインの心の中に入り込む。ブルースの記憶をたどるなかで、ブルースが彼の両親が殺害されるシーンを繰り返し見ていることを知る。実際にこのエピソードのなかで、ウェイン夫妻は20回も殺されているのだ。これはコミックで描かれたバットマンの最初の30年間に見た回数の2倍以上だ。

「まさかこんなに何回もこのシーンを見ることになるなんて信じられない」とポイズン・アイビーが言うが、これからも繰り返されていくことだろう。

私たちは同じシーンを繰り返し見ているだけに思えるが、少し掘り下げてみると、驚くほどたくさんのバリエーションがあることに気付くだろう。ダークナイト自身がそうであるように、バットマンの起源も、その核心に忠実でありながら、進化と成長を遂げてきた。悲痛で暴力的なシーンではあるが、これにより世間に広く愛されるヒーローのひとりが誕生したのだ。また、「悲劇を乗り越えることでさらに強くなる」ということを常に思い起こさせてくれる。私たちにも直面が避けられない苦痛がある。そんなときにこの考え方は私たちを奮い立たせてくれるだろう。

彼らの悲劇的な死が、ゴッサムに愛しのコウモリを羽ばたかせるきっかけを作ってくれた。彼らの暗く悲痛な夜が我らのダークナイトを生み出したのだ。悲しくもあるが、これは紛れもなく素晴らしい遺産である。

ライター:ジョシュア・レイピ=ベルトーネ
Xアカウント:@TBUJosh(英語のみ)

注釈:この特集で述べられている見解や意見はジョシュア・レイピ=ベルトーネ個人のもので、必ずしもDCエンターテインメント及びワーナー ブラザースの見解を表すものではありません。また今後のDCの見通しを保証または否定するものでもありません。