『ハリー・ポッターと死の秘宝』の第三十三章、セブルス・スネイプの素晴らしい一面が明らかになる章は、「ハリー・ポッター」シリーズのなかでも特に心を動かされる場面のひとつです。
セブルス・スネイプの思い出の中で、ハリーは(それから読者のわたしたちも)セブルスとリリーの友情の歴史を知ることになります。ふたりともそれぞれの環境で孤独を感じていました。セブルスは両親の愛情を受けられずに育ち、マグル生まれのリリーは魔法に触れたことはあってもそれが何なのか分かっていませんでした。やがて、セブルスとリリーは出会い、わたしたちはふたりの関係を見守りました。友情が芽生え花開く様子。リリーがグリフィンドールに組分けされ、同じスリザリン寮生になれたらいいな、と期待していたセブルスが小さなうめき声をあげた瞬間。そして、セブルスは闇の魔術に魅せられていき、リリーはそんな彼を理解しようとしましたが、ふたりの友情は困難に直面しました。物語の中でセブルスとリリーの過去が描かれているのは、ほんの数ページ、ほんのわずかなエピソードだけですが、わたしたちはふたり友情を応援せずにはいられません。
ホグワーツの生徒になったセブルスとリリーは忘れているかもしれませんが、わたしたち読者は、草木の生い茂る野原に仲良く寝そべっている幼いふたりの姿を覚えています。ふたりに待ち受ける未来が違っていたらよかったのに、と考えてしまいます。幼いころの気持ちが続いていれば、ホグワーツで数年を過ごしても心が離れることはなかったでしょう。そして、もし幼いころのような友情が続いていれば、惨めさと後悔の渦に流れていくセブルスを止めることができたかもしれません。そうは言っても、後にリリーの守護霊である雌鹿が、その銀色に輝く希望の光で暗闇からセブルスを守ってくれることは事実です。
『ハリー・ポッターと死の秘宝』の第三十三章までに、ヴォルデモート卿のすさまじい力は明らかになっています。ヴォルデモート卿は大勢の罪のない人々に容赦なく「死の呪い」を使い、母校であるホグワーツを襲撃するよう命じます。物語が進み、セブルスの過去が明らかになっていくと、セブルスのリリーに対する純粋な深い愛に気付かされます。その想いは、最も危険で最も強い力を持った闇の魔法使いのスパイをするほどでした。若きセブルスがダンブルドアのところに行ったときの「殺さないでくれ!」という言葉からも、いちかばちかの決断をしていたことが見て取れます。死喰い人になったセブルスがダンブルドアのもとに行ったときから、死ぬ瞬間までずっと恐怖と隣りあわせの生活をしていました。そして、それはすべてリリーへの愛ゆえの行動でした。セブルスはわたしたちに愛は恐怖より強く、何よりも美しいことを教えてくれました。
「これほどの年月が、経ってもか?」セブルスが呼び出した雌鹿の守護霊を見て、ダンブルドアがたずねました。「永遠に」と、セブルスが答えています。心の痛む悲しい場面ですよね。もしかすると、「ハリー・ポッター」シリーズで最も印象的なやりとりかもしれません。しかし、なぜこれほどまでに胸を打つのでしょう? おそらくわたしたち読者は、雌鹿の守護霊にセブルスのリリーに対する深い愛情を感じるのかもしれません。そして、その愛は決して報われることはないのです。わたしたちの多くが愛することの痛みや、愛を返してくれない相手を想う経験をしたことがあるからかもれしません(その愛とは様々で、恋愛関係の愛かもしれませんし、友だちや両親への愛かもしれません)。また、「ハリー・ポッター」シリーズを通して、守護霊は常に希望を象徴する存在でした。セブルスは、リリーが自分を愛してくれる日を待ち望んでいたのでしょうか。それとも、リリーが自分のもとに来てくれなくても、守護霊がリリーと同じ雌鹿になっただけで十分だったのでしょうか。セブルスがどんな気持ちでリリーのいない日々を過ごしていたのか分かりませんが、リリーの守護霊がセブルスをディメンター(吸魂鬼)がもたらす絶望と憂鬱の闇から救いました。この事実にわたしたちの心は痛み、同時に温かくもなるのです。
セブルスの記憶を覗き見ると、彼はとても複雑な性格であることが分かります。こういった複雑な性格の登場人物がいると、心に響くものがあり、どこか安心します。人間は複雑なものです。なぜなら、ひとりひとりに全く違う生い立ちがあり、それぞれに異なる経験から成り立っているものだからです。セブルスは孤独で友だちのいない幼少期を過ごしました。いじめの被害者であり、いじめの加害者でもありました。リリー・エバンズに希望と友情を見いだしますが、汚い言葉で罵ってしまいます。ヴォルデモート卿の仲間になりますが、スパイをして裏切っています。闇の魔術に傾倒する反面、ホグワーツでは魔法薬を教えています。最も愛していた人物を、知らないうちに裏切ってしまいます。何度もハリーの命を救い、ホグワーツを守っていました。こういったセブルスのあらゆる側面が、物語を通してわたしたち読者に明かされ、わたしたちはセブルス・スネイプという人物を理解するだけでなく、彼の物語に触れることで、ひとりの人間がどうやって形作られていくかを目の当たりにするのです。生きていくうちに経験したことがその人物を形成していきます。シリウス・ブラックのこんなせりふがあります。「世の中は善人と死喰い人だけじゃない」セブルスは死喰い人ですが、同時にハリーを守ろうとします。セブルスの守護霊と同じように。
この章で「生き残った男の子」についての真実がようやく明かされます。その真実とともに、それまでずっと隠されてきたダンブルドアの抜け目なさと計算高い一面が明らかになりました。ハリーがずっと疑問に感じていたことに対する答えがやっと分かります。マルフォイについて、セブルスについて、ヴォルデモートについて、ダンブルドアについて、そしてハリー自身についての疑問がやっと解けるのです。真実が明らかになるとき、感情が解放され、気持ちが浄化されます。同じことがハリーにも起こったのではないでしょうか。ハリーは、ようやく真実にたどりつき、これからどうすればいいのか、どうすればうまくいくかやっと分かったのです。たとえその事実が、尊い犠牲のうえにあったとしても。
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