ホグワーツの4つの寮はライバル関係にあると言っても良いでしょう。そして、自分の入りたくない寮に組分けられてしまった生徒のなかには、落ち込んでしまう人もいるかもしれません。もしそれがあなただとしても、心配ありません――そういう生徒はあなただけではありませんし、そもそも落ち込む必要もないのです。
ハリー・ポッターはスリザリンに入れられまいと必死に組分け帽子に抵抗しました。その何年もあと、彼の息子アルバスは同じような先入観を持ってホグワーツに入学しました。かたやネビル・ロングボトムはグリフィンドールに入ることにすっかり怯え、もう少しでハッフルパフ生になるところでした。
このことから言えるのはそれぞれのホグワーツ寮にはさまざまな評判がついてまわり、その評判は一部の生徒に不安を与えかねないということです。
しかし、私たちが知っての通り、組分け帽子は生徒それぞれが持つ不安に対してそこまで悩まされることはありません。そして多くの場合、その生徒にとって最適な寮を選んでくれるのです。では、それぞれの寮のプラスの面を見ていきましょう。
もしあなたがスリザリンに入ることになり、この寮が悪い魔女や魔法使いを多く輩出していることを気にしていたとしても、ぜひスコーピウス・マルフォイを見習って、その誇りや狡猾さといった資質をよりポジティブな方向に使ってみてください。なぜなら、野心的であることはなんら悪いことではないのですから。むしろ、そういったスキルを学業や友人関係に活かせれば、スコーピウスのようにさまざまなメリットを受けられるでしょう。
それに、スリザリン出身者全員が悪い魔法使いであるかというと、そういうわけではもちろんありませんし、スリザリン以外の寮の出身者だって必ずしも良い魔法使いだとは限りません。セブルス・スネイプ、レギュラス・ブラックやリタ・レストレンジはみなスリザリン生で、ときおりちょっとした(場合によっては大きな)間違いを犯したことはありましたが、それと同時に全員がとても勇敢な人物でした。なぜなら狡猾であることは本質的には悪いことではないからです。狡猾でなければ、スネイプは長年にわたりヴォルデモートを騙すことはできなかったでしょう。自分の資質はどのように使うかが大切なのです。
思い出してみてください。ピーター・ペティグリューはグリフィンドール生だったのですから。
ハッフルパフに入る生徒は「劣等生」だという評判がありますが(ハグリッドいわく...)、これは明らかに間違っています。しかし、人によってはこの寮に入る生徒は他の寮の生徒よりもあまり賢くないと思っているのです。しかしながら、もし最も寛容な寮であることを最も賢くないことと結びつける人がいるとすれば、それはむしろハッフルパフ生よりもそう考える人のほうに問題があると思いませんか。
また、繰り返しお伝えしますが、ハッフルパフ生は劣等生では全くありません。彼らは忍耐強く、勤勉なのです。セドリック・ディゴリーのようにホグワーツの代表にだってなれますし、トンクスのように闇払いにもなれます。あるいは、ニュート・スキャマンダーのように世界を救う魔法動物学者にだってハッフルパフ生もなれるのです。これらの職業や肩書が劣った人のものに見えますか?もちろん、そうは見えませんよね。
個人的には、忠誠心や優しさを優先させる寮の生徒になることは、かなりポジティブなことであるように思えます。
レイブンクロー寮はウィットと知性に富んでいる寮としてみなされているため、この寮に入れられてしまった場合、周囲から「お高くとまっている」と思われるのではと不安がるかもしれません。しかし、心配いりませんよ。ほとんどのレイブンクロー生はそんな人じゃありませんからね(ただし、ギルデロイ・ロックハートはもちろん除きます)。
これは、レイブンクロー生たちが学びを愛することが学業成績だけにかかわることではないことをしっかりと理解しているからです。たしかに、最も賢い魔女や魔法使いたちが所属していますが、同時に最もエキセントリックで、想像力豊かで、愉快な人たちも所属しているのです。トレローニー先生やチョウ・チャン、杖職人のオリバンダーさんなんかを思い浮かべると、彼らの魅力が成績だけで説明できないことは明らかですよね。
それに、レイブンクロー生だからといってすべての試験で上位になる必要はありません。もしかすると、あなたの賢さは、世界を別の見方で見る能力にあるかもしれませんから――ほら、ルーナ・ラブグッドみたいに。
長年にわたり、グリフィンドール生はポップ・カルチャーやヒーローたちに名を連ねてきました。それを象徴するように、不死鳥の騎士団のメンバーのほとんどがグリフィンドール出身ですし、ハーマイオニー、ロン、ウィーズリー家の人たち、さらにはハリー自身まで、みんなグリフィンドール生です。それゆえ周りからの期待にプレッシャーを感じるのも無理はありません。
そのうえ、グリフィンドール生であることは同時に少々...傲慢であるという評判も。もちろんハリーの「人助け癖」(あくまでハーマイオニーの意見であり、私たちではありませんよ)も、結果を考える前に問題に飛び込んでしまうところがありました。しかし、グリフィンドール生だとしても無謀なことをしたり、短気であったりする必要はありません。ハーマイオニーはそんなタイプではなかったですし、マクゴナガル先生もそういったタイプではありませんでした。ネビル・ロングボトムはそういった気質から一番遠いタイプでしたね。
常に注目の的にならなくとも勇敢にはなれますし、果敢であると同時に、思いやりを持つことだってできます。つまり、何が言いたいのかというと、人を助けるために声を荒げる必要はないのです。勇敢であることは、必ずしも声が大きいことと同じではありませんからね。
つまり私たちが言いたいのは...どの寮に入れられても落ち込まないで!
ハリーが入学して5年目のとき、組分け帽子は組分けが良いことなのかを振り返ったことがありました。
諸君を寮に振り分ける
それが私の役目なり
しかし今年はそれ以上
私の歌を聴くがよい
私の役目は分けること
されど憂えるその結果
私が役目を果たすため
毎年行う四分割
されど憂うはその後に
恐れし結果が来はせぬか
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
その後に起きた一連の出来事により、組分け帽子が何を言おうとしていたのかがよく分かりましたよね。かつては切磋琢磨し合える良きライバル関係であった生徒たちも、本格的な戦争が始まるとそれぞれの寮に対する先入観が一層強くなっていき、忠誠を誓う先を決めなければならないという焦りを生徒たち――なかでもスリザリン生たち――に植え付けました。こういった先入観は何年も後の、アルバス・ポッターがホグワーツに入学しスリザリンに組分けられたときまで残りました。くしくも、父親のハリーが入学当初、拒んだ寮(スリザリン)に、息子が入ることになりましたよね。
しかしながら、同時に組分け帽子もほのめかしているように、生徒たち一人ひとりの持つ資質は4つに分けられるほどそう簡単ではありません。もしハリーがスリザリンに入っていたら、彼はより偉大になっていたかもしれませんし、ハーマイオニーもレイブンクローに入っていた可能性は十分にあります。心優しいスコーピウス・マルフォイは、ハッフルパフにぴったりだったでしょう。有名なハッフルパフ生のセドリック・ディゴリーとレイブンクロー生のルーナ・ラブグッドは、どんなグリフィンドール生にも劣らないくらい勇敢でしたね。あのダンブルドアでさえ、スリザリン生のような狡猾さをもってヴォルデモートを倒そうとしました。
つまり、どの寮に入ったとしてもほかの寮の資質がその生徒に備わっていることは十分にあるのです。そのため、どこに入れられても落ち込む必要はありません。どの寮にも良いところがありますし、どこに入ったとしても、ホグワーツの寮の色だけであなたの人格が決まるわけではないのですから。
それに、組分け帽子だって毎回正しいとは限りません(「ピーター・ペティグリュー」と言えばお分かりですよね)。
それでは...あなたもそろそろ組分けられてみませんか?